2019-01-13

やりたいことは全部やる ― 今年の抱負①


年始にこんなツイートをしてました。

ということで、今年の抱負の一つ目である「やりたいことは全部やる」について考えてみたいと思います。




やりたいことを全部やりたい理由

「やりたいことを全部やりたい理由」っていうのもアレなんですが、そういう気持ちになった理由を考えてみると

  • 人生一度きり
  • 行動してなんぼ
  • やればやるほど世界が拡がる

ってとこでした。

人生一度きり

大人になるとやっぱり「あれは自分には出来ない」「これは無理」って何かと諦めがちじゃないですか。でも当たり前ですが人生って一回しかないんですよね。たぶんだけど。

すごく面白そうなことや憧れることがあっても、時間やお金、自分の能力やらなにやら理由をつけて諦めてしまう。だけど、心の中には「いつか時間が出来たら、お金が貯まったら……」なんて一抹の淡い期待も残っていたり。

でもそう考えてるうちって絶対実現しないし、実現しないまま人生が終わってしまう。そんなのもったいないですよね。

そういうわけで自分が楽しそうと思ったことくらい、全部チャレンジしてみようと。

行動してなんぼ

インターネットをうろうろしたり、読書をしたりしていると、たくさんの情報が入ってきてなんだか自分が物知りだったり偉くなったりしてきた気がしちゃいます。でもそれは頭でっかち。自分が経験し得ないことについて知ることができるそれらはめちゃくちゃ有用なんですが、自分自身を形作って行くのは結局「どう行動し、何をしたか」だと思うのです。

活動するエネルギーを蓄えるためにご飯を食べて、体の調子を整えるために野菜を食べる。筋肉をつけるためにはタンパク質をしっかり取る。意識の差こそあれ、食事をするときは誰でも多少気にすることですよね。なぜならそのひとつひとつが自分の血となり肉となり、身体を形成していくから。

それと同じで、性格や人格のような精神的な部分も、ひとつひとつの行動によって作られて行くのではないかと思います。行動の前段階において考えるということも大切ですが、「俺はこう考えてた」とか「私はこう思ってた」とか、行動が伴わない人ってなんだか後出しジャンケンみたいでかっこ悪いですし。それならどんどん行動して自分を形作りながら、「俺はこうする、こうやった!」と堂々生きていきたいです。

やればやるほど世界が拡がる

大学生の頃、第二外国語で韓国語を専攻していたのですが(もう全然しゃべれないです)、ハングルが読めるようになったときにすごく感動したんですよね。「ただの記号でしかなかったものが意味をもった!」って。

普段日本で暮らしているとよく目にするのはもちろんひらがな・カタカナ・漢字の日本語に加えてアルファベット。自分は英語が得意ではないですが、英語が出来ないのとアルファベットが読めないのとは話が別。だけど、ハングルは文字なのにそれが何を意味するのか全然わからない記号だったんですね。その意味がわかったとき、ぶわっと世界が拡がる感じがしました。

何か新しいことを知る・経験するというのは、自分の世界が大きく拡げる行為だと思います。そしてまた大切なのが、世界が拡がるとまたわからないことが増えてくる。もっと知りたいと思うようになってきます。

去年十和田市現代美術館に行ったときは、作品の視覚的な美しさに魅了されながら、自分が理解できないものについては「わかんねー」で終わっていました。それでも楽しかったのですが、そのアーティストの経歴や背景、作品に込められた思いを知っていればもっと楽しめたのじゃないかと。

その後、『現代アートとは何か』、『マルセル・デュシャンとは何か』を読んでから向かったデュシャン展では、「泉」と名付けられた男性用小便器を前にしたときに「わかんねー」という感想は覚えませんでした。アートを本格的に学んだ人間ではないので「わかった」とも違いますが、確実に自分の世界が広がっていて、もっと知りたいという欲求を感じました。

「やりたい事リスト」と「どうやってぜんぶやるか?」は次回

とここまでつらつらと書いていたら思っていたよりも長くなってしまったので、一旦区切ります。笑

次回は「やりたい事リスト」と「どうやってぜんぶやるか?」について考えてみたいと思います。では~。




 





関連記事