2018-05-21

注意深くなること①-デザインについて


『スプートニクの恋人』は、たしか大学4年生の時に当時の恋人に振られてしまって、「人として成長し、よりを戻すため」の努力の一環として本を読み漁っていたころに出会った本だ(多くのインターネットに、復縁には時間と自己成長が大事だと書いていた。時間と自己成長の結果、人は復縁するか元恋人のことをさっぱり忘れるかの2択なのでよくできている。自分は後者だった)。その名言の中でも、「注意深くなること」と「誤解の総体」の二つは特に好き。というか自分を見つめなおす良いきっかけになった言葉。まあ、話の内容はイマイチ覚えてないんだけど。

そういうわけで、今日は「注意深くなること」についてちょっと書く。

 

デザインを学ぶ

本当は、本業とあまり関係ないんだけど 、仕事でちょっとデザインについて考えなきゃならなくて、趣味の写真とかブログとかにも活かせるかなーと思い、こちらの本を購入。

デザインの基本について素人でもとても分かりやすく書かれている。そして、デザインの教科書なだけあって、やっぱりデザインがいい。笑 わかりやすくて、美しくて、そして楽しい。

一読してみて、一番印象に残ってるのは、一番最初の基礎の基礎。「どんな人に、何を、なぜ、伝えたいのか?」これはデザインだけじゃなくて、仕事でも、こうやって書いている文章でも、改めて大切だなあと思った。

 

デザインについて考える

さて、デザインというと自分は何かアーティスティックなもの、芸術的なものを連想してしまうのだけれど、よくよく考えてみると、自分の身の回りにはデザインがありふれている。というか、人工物である以上、どこかの誰かが、何らかの意図をもって作り上げた結果、今自分の身の周りに存在しているということになる。

少し部屋を見渡すだけでも、今これを書いているパソコン、マウス、マウスパッド。薬のビンに鏡。愛用の財布、the RIDGE.。それが乗っているテーブルも。横においてあるカメラ、ギター、テレビ、本棚。一冊一冊の本、一枚一枚のCD。そのフォルムから色、ロゴやその配置。何もかも、何らかの意図が込められていて、その何かを自分が感じ取ったからこそ、自分の手元にある。

誰かが、自分にそれを手に取ってもらいたい、気にしてもらいたいと思ってデザインしたということ。

そう考えると、身の回りのもの、あるいは街を歩いていて、インターネットをしていて、自分が気になったものの「デザイン」について、注意深くなってみて、「なぜそれに興味が湧いたのか」とほんの少しでも考えてみることは、それもまた自分を見つめなおすことになるのかもしれない(あるいは興味が向かなかったことについて、あえて考えてみることも面白いかもしれない)。

 





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