2018-02-04

海と時間ークリエイティブ・インパルスの行方


えば、3年前も冬の海だったのだけれど、何に駆り立てられたかといえばそれはマイケル・ケンナの作品だった。と言うと格好がつくかもしれない。でも本質的には、恋人に振られたことによる喪失感を埋め、就職を控え漠然と抱えた不安感を塗りつぶすための創作意欲だったのだと思う。そして、寒さがそれを助長した。

 

長時間露光によって写真は静止画の中に「時間」を描く。「本当に大切なものは目には見えない」かはわからないけれど、自分の目に見えるものだけがすべてではないような気がしてくる。時間はそこに確かにあるかもしれないが、自分の目には映らない。

 

本当は、静止物(できれば無機質で存在感のあるオブジェクト)があって、その周りの波を長時間露光で消して、なんとも言えない不思議な空間を演出する……みたいな、マイケル・ケンナを思わせる写真が撮りたいけれど、車を持っていなくて脚がない。だから、それにぴったりのスポットを探すのはなかなか難しい。そうすると、ただ何もない海を30秒とか1分で切り取ってこういう抽象画のような写真になる。でも、どこの海ででいつとってもたいして代り映えしないようでいて、絶対に同じ色合いやグラデーションを再現することはできないので、これはこれでいい写真になる。

 

とは言っても、殺風景な海ばかり撮っているのも飽きて来るので、浜辺に落ちている色々を撮り始める。こちらはなかなか飽きない。整備なんてされていない砂浜は、本来の役目を終えた被写体たちがどこからともなく打ち上げられている(のかわざわざ捨てられたのか、はわからないが)。赤い電球は、散った花びらの様。

 

「本来そこにあるはずのないもの」はやはり非日常を演出できる。中でもこの大きさの冷蔵庫はその辿ってきた運命に思いを馳せてしまう。中に積もった砂が時の流れを感じさせる。

 

ビビットなオレンジの旗は砂浜に映える。

 

もうそれほど命を感じられないものでも、骨や亡骸は少したじろいでしまう。散歩に連れられてきた犬のものだろう、興味本位で回りをうろついたのか無数の足あとが残っていた。

 

正直なところこんなタイトルをつけてみたのはいいけれど、創作意欲、と言えるほどのものではないかもしれないし、今、何が自分を駆り立てたかなんてわかりそうにない。でも、また少しずつ写真を撮っていけたらなと思っている。

 

以下、使用機材。


キヤノン EF50mm F1.8 STM


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